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北前船寄港地兵庫IN坂越第19号

東京から北前船がもたらしたもの全国版第19号

赤穂市教育委員会..観光協会提出 平成29年3月8日
                          投稿者  矢竹考司(東京都在住)
今回は、3月末に兵庫県に提出する最後になるので、これまでに投稿して頂いた方との東京でのエピソードと都内であったイベントから坂越のまち並を創る会の活動を紹介します。

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3号に投稿していただいた梶川氏は、神戸市在住で、北前船の寄港地を訪ね歩いている方で、和算北前船の論文を残されています。氏とは神田神保町の古本屋で再会した時「忠臣蔵の恋」に登場した村松三太夫の祖父の茂清の著書『算俎(1663年刊)』を紹介され、現代訳版を買う事が出来ました。茂清は世界で一番早く円周率を下7桁まで発見し『算俎』で残しています。義士祭では、12代目として梶川殿役をつとめ、坂越の北前船への取り組みを宣伝して頂きました。

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4号は、東洋大学での、地方創生フォーラムは日本版DMOの研修の話でした。これは、去年2月東京で、国交省の手づくり故郷賞で「坂越の嫁入り」を発表の時の審査委員の関幸子氏からの、案内で研修を受けたものです。日本版DMOの第1号は、「せとうちDMO」で瀬戸内7つの県が連携しています。DMOを実現させる例は、行政中心で運営している観光協会をJR等の民の資金を入れ、会社組織で運営するのが多いようで、今多くの地域から申請が出ています。これに対して、北前船寄港地フォーラムは、住民も参加できる余地があり現実的な内容です。それは、寄港地同士との連携や発展出来る可能性があります。秋田土崎の世界文化遺産になった祭りを、酒田市日和山公園で開催したり、秋田から酒田までの鉄道のイベ ントで連携が実現した例、があり広がって行く可能性を秘めています。

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5号は、道場六三郎氏の佐々木マネージャーに投稿していただけました。4号で書いた国交省のイベントの前日、門田会長ら3人で「北前船寄港地-坂越」の法被を着て道場氏の「懐食みちば」に行きました。銀座では、珍しい北前船の法被に女将の道場氏が、挨拶にこられ北前船の話になりました。六三郎氏は、石川県の観光大使で、前年加賀での北前船のフォーラムで、作家の石川氏と北前船と食で対談の後のレセプションで名刺交換をしていました。

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11号に投稿して頂いた、横道氏は珠洲市の塩田村で揚げ浜式塩田経営をされ、NHKの朝ドラのロケ地で、現場を提供されたとの事でした。氏とは、東京の帝国ホテルの三国清三氏がフランス政府から、レジオン・ドヌール勲章シュバリエ章を授与された、御披露目パーティーでお会いしました。横道氏からは、塩にまつわる話を沢山教えていただき、ご自身で出版された「能登の揚浜塩田」まで頂きました。このイベントに、安倍首相の昭恵夫人が主賓として、素晴らしい挨拶をされました。

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14号は、北前船と無縁の、愛知県西尾市郷土史家の、加古さんの話をヒントにできました。加古さんとは、浅草で去年の12月に再会しましたが、吉良町の塩や塩田を中心に、車でガイドをして頂いたのは27年7月でした。この時の、加古さんのガイドの中で北前船が話があり、無縁の太平洋側から見た北前船の話で盛り上がりました。この話から、帆船時代の北前船の話題は、関係のない地域にも広がっているのを感じました。

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  18号は、青森の野辺地からでした。1月26日東京椿山荘での、北前船寄港地フォーラムの新年の会で、野辺地の中谷町長と初めてお会いする事ができました。古文書使って研究されている、野辺地歴史を探る会の鈴木会長の話になりました。中谷町長とのお話で、9月に北前船のフォーラムがある野辺地に、再び行って応援したい気持ちになりました。また、江差町の照井町長と宮津商工会議所で企画担当の平木志乃さんとの再会は、学ぶ事が多く、色々と教えていだけました。この椿山荘での新年の会では、坂越企画の、播磨屋の塩味饅頭が参加者に配られ、我々の活動が紹介され、あらたな展開への予感を感じました。

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「坂越の嫁入り」に続く、「坂越の北前船寄港地プロジェクト」で、北前船の発祥地の酒田に、坂越が残した1699年と1812年の石像物、酒田市史には、大信寺の過去帳に1668年の坂越浦の人の記述がありました。坂越の廻船は、144年にわたり北前船で活躍していた史実は、「ジュニア版酒田の歴史副読本」に掲載され、海難事故で犠牲になつた北前船の船員は、坂越浦の人が一番古く、最も多いとかかれていました。坂越の廻船は、河村瑞賢が北前船航路を確立する以前から、酒田で活躍していたようです。しかし、赤穂塩の取り引きの内容などの、具体的な事まで調べられませんでした。その一方で、1年で25回になったこのシリーズの発行で、沢山の地域の学芸員、ガイド、北前船ファンの方々との交流は今も続いていています。これは北前船寄港地フォーラムの本来の目的である寄港地間の交流から観光まで見据える構想に繋がる可能性が出てきています。

終わりに、これ迄のシリーズは、監修していただいて、冊子にして吉良町珠洲市、秋田土崎の図書館に置いて頂く事になっています。またネットで北前船で簡易検索が出来る国会図書館にも置いて頂く事も検討しています。今後も、ブログ「北前船寄港地兵庫in坂越」HP「北前船と坂越」で引き続き発信していきます。これまで、地元の教育委員会や寄港地の学芸員やガイドの方々の、ご支援ありがとうございました。                
発行者 門田守弘(坂越まち並みを創る会会長)