坂越の北前船

これは瀬戸内坂越の北前船交流記と同じものです。他の号はこちらで検索下さい

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瀬戸内坂越の北前船活動第18号(野辺地)

                        2017年2月14日(2018年4月追記)


 青森駅から、青い森鉄道で野辺地民俗資料館に行ったのは、2016年9月でした。

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 ここでは、野辺地歴史探る会の鈴木幹人会長から多くの事が聞けました。


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 六ケ所村と隣接している事、日本最古の鉄道防雪林、そして北前船の話では、野辺地は帆船時代北方交易の重要な拠点の1つとして、有力な豪商たちが競って入港していたと。

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坂越の北前船活動7号(酒田)

 

 2016年9月6日(2018年3月追記

今 回は、北前船寄港地を日本遺産に申請する山形県酒田市からの話です。  

酒田では、北前船にとても熱心なガイドの豊岡紘子さんに、自転車で効率的に案内をしていただけました。 文中にある最近発見された古文書(酒田の客船帳等)が2018年5月に公開されるのでこれを見に行こうと思っています。

 案内された日和山公園には、北前船航路を確立した河村瑞賢の銅像がありました。酒田の客船帳が2018年5月に公開されるのでこれを見に行こうと思っています。

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また、立派な常夜灯の南側に、坂越田淵文治朗、北側の文字は消えていましたが『酒田の歴史』中学生向けの副読本から播州坂越田淵庄三朗と高田屋手中の文字が並んでいることが記されていました

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  田淵家は赤穂で1673年より塩田、塩問屋、廻船業を営み、文化文政時代(1804→1830)には日本最大の塩田の持ち主でした。 常夜灯は1813年の建立でしたが、この田淵家のものでないのがわかりました。

 次に豊岡さんに案内された 酒田市資料館では、偶然会った、庄内酒田古文書館の杉原館長から、つい最近新たな大量の古文書が発見されたので、坂越の廻船や赤穂塩の事で新たな事実がわかるかも知れないと教えていただきました。この後からは一人で、酒田美術館の北前船寄港地フォーラムの議長で発案者の石川館長を訪ねました。学芸主幹の熱海氏から話をお聞きした後、北前船日本遺産応援饅頭と共に冊子をお渡ししました。  

  その後、荘内日報の富樫編集長を尋ね、ご自身が新聞協会に投稿したものを再投稿していただけることになりました。これは、事前に全国版がネットでも見れること言っていたからです。

  最後に訪ねた大信寺の住職は、過去にも住職がかわり、ご自身も長野から来たと言っておられました。 墓地は広大でしたが、『酒田市史』にあった他国船墓地と確認出来るものはなく、元禄時代の他国船員の墓は大西家のものだけが残っていました。

  それはその墓がとても立派なものだったからだと感じました。当時の坂越の人の活躍と苦難を坂越の人達にも伝えねばと思いました。『酒田の歴史副読本』に、大信寺の過去帳には遭難等で客死した北前船の船員は坂越浦の人が一番多いと書かれていました。 

 酒田駅についた時、ガイドの豊岡さんが出迎えてくれていました。まず見せていただけたのが、日和山公園にある常夜灯北側のある播州坂越.田淵庄三良と消えていた文字で、それををわざわざ書いてきてくれていました。また『酒田の歴史』中学生向けの副読本があることを教えて頂けたのも豊岡さんでした。豊岡さんは酒田に来られるまでは江差の高校の教員でもあり江差追分の舞踊もされていたといい、北前船に思いを寄せる背景がわかりました。その後も沢山の資料に送って頂き、丁寧な手紙が添えられていたのにはびっくりしました。酒田では北前船にあつい思いのあるガイドに出会えてよかったと思っています。

酒田市は、中学生の歴史読本まで発行して、酒田の人々の昔の暮らしを子供達に教育しているのに、坂越の子供達はかっての暮らしの事さえ知りません。酒田の残る坂越の歴史から、坂越の船祭りをいつかつ伝えて行きたいと思っています。

                     矢竹 考司 (東京都在住)

 

      

                                

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瀬戸内坂越の北前船活動1号(坂越浦)

                           

  

           2016年3月13日

 

帆船時代、北前船の寄港地はどこも活気に満ちていました。 

かっての寄港地に再び光をあてようと北前船寄港地フォーラムを各地で開催し、寄港地を中心に組織をつくり「日本遺産」への一括申請を目指しています。

   以下は上記もURLをクリックして下さい

  そこで瀬戸内の坂越のまち並みを創る会は、機関誌「北前船がもたらしたもの」と題して全国版と赤穂版の企画を考えました。これは地元の方や全国の寄港地の方々の協力があって出来るもので 全国版はネットでも配信します。



 
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